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33年の夢

2019年5月16日で32歳になりました。

やっと32歳。

よく「1日24時間じゃ足りない」「人生はあっという間」という人もいますが、僕は1日14時間、人生40年ぐらいでいいのにと思って生きてます。笑

ここ数年見た目だけじゃ何やってるかわからない人感に拍車がかかり、

・新宿でヤクザっぽい方に「同業の方ですか?」と聞かれ
・マクドナルドのレジで「本社の方ですか?」と聞かれ
・沖縄の国際通りで「お疲れ様です」と声をかけられる

などの事象と共に、初対面でされる質問は「学生ですか?」「陶芸家ですか?」「仕事してない人ですか?」と、周囲の想像力を掻き立てる日々を送っています。

 

さて!ここから本題に入ります。

この文章はLINE@のお知らせとして配信する予定でしたが、あまりにも長くなりそうなので、こうしてブログに書くことにしました。自分でも久しぶりにこのブログを開きました。笑

考えを理解してもらうためには人生丸ごと書かなきゃ伝わらないと感じたので、結果的にすごく長くなっちゃいました。

先に結論だけ書くと『2020年5月16日に治療家引退します。でも、治療は受け続けられますよ!』です。

そこに至る経緯を、これまで誰にもしていない話も含めて書いていきます。長いですがお付き合いいただければと思いますm(_ _)m

 

14歳の頃、体の分野で世界一になりたくて解剖学の勉強を始めました。

というのが定番の自己紹介の始まりなんですが、そもそもなぜ世界一になる必要があったかと言うと、親友に会うためでした。

 

僕が小学生の頃、もりちゃんという親友がいたのですが、彼は先天性の筋ジストロフィーと言う疾患を患っていました。

詳しい説明は省きますが、筋ジストロフィーは本人の成長と共に全身の筋肉が弱くなり、10代のうちに亡くなることも多い病気です。

もりちゃんも例外ではなく、小学生の頃は普通に歩いていた体が、中学に上がると車椅子なしでは生活できない状態になりました。日々弱っていく友達の姿を間近で見て、子供ながらに多くのことを考えました。

そして中学1年生の頃、もりちゃんは親の仕事の都合でアメリカに引っ越すことになりました。

正直、これが人生最後の別れになるかもしれない悲しさと同時に、これ以上弱っていく彼の姿を見ないことへの安心感もありました。

…が!!

早ければ10代で亡くなってしまうこの病気。

生きているうちに大きな喜びを感じさせてあげたいじゃないですか。

他の人には出来ない、自分にしか出来ないやり方で彼を驚かせて喜ばせたいじゃないですか。

彼が生きているうちに僕が有名になってアメリカに行って彼と再会して、「ここまで頑張れたのはもりちゃんのお陰だよ!」って伝えることができたら、どれだけ喜んでくれるかと想像したんです。

当時僕は硬式野球でピッチャーとして活躍していて、プロに行って当たり前のレベルにいると思っていたので、野球で世界一になってアメリカに行こうと決めていました。

ところが松坂大輔と言うプロ野球選手が現れます。当時の松坂のピッチングを西武ドームで観た時、自分は世界一になれないと悟ってしまいました。僕はそもそも身体能力が高くなかったので創意工夫と努力で他の選手を凌いできましたが、生まれ持った身体能力が明らかに足りないと感じたのです。

野球で世界一になれないなら、別の何かで世界一にならなきゃ。

と言う経緯があって、TEDxTokyo yzで話した内容に続きます。(まだ観たことの無い方はこちらからどうぞ。若い。恥ずかしい。↓)

そんな経緯から始まった体の勉強ですが、解剖学に始まり、生理学、運動学、栄養学などの基礎医学を学び、高校生になる頃には古武術、アレクサンダーテクニーク、SAQトレーニングなど、動きを中心とした学びに移行します。

と同時に、体を理解するためには体以外のことも知る必要があると感じ、他の分野への好奇心もぐんぐん伸びていました。主に哲学や芸術に関しての興味が強く、高校生にしては大人びた本をよく読んでいました。

その中でも特に強い影響を受けたのは、世界賢人会議と呼ばれるブダペストクラブを創設したアーヴィンラズロ氏のCOSMOS。内容が衝撃的というよりは、自分と同じような感覚を持った人が世界にいるんだということに対する喜びが大きかったのを覚えています。(ラズロ氏のインタビュー映像↓)

さらにもう1人、アーヴィンラズロさんと同じぐらい自分と同じ感覚で生きていると感じたのが、当時格闘家として活躍していた須藤元気さん。格闘家引退後はWORLD ORDERやレスリング日本代表の監督など、様々なフィールドで活躍しています。

ちなみに須藤元気さんは著書『愛と革命のルネサンス』の中でアーヴィンラズロ氏の家を訪問しています。(WORLD ORDERのMACHINE SIVILIZATIONは名作↓)

高校卒業後はアメリカに行き、英語の喋れないサウジアラビア人と韓国人とルームメイトになり、エクストリームな日々を過ごします。

その後帰国し鍼灸の資格をとり、21歳の時に治療院を開業します。

ただこの頃にはもう、体の分野に世界一は存在しないと気づいています。

体の分野と言うか、医療の分野では競い合う基準がないので世界一を決めようがありません。そのため世界一を目指す感覚は次第に薄れ、行けるところまで行ってみようという感覚に変化します。

かと言って何か特別なことをするわけではなく、舞い込んでくる仕事や依頼を全て受けて1つ1つにベストを尽くすだけです。1つの依頼をクリアして次のステージへ。そこでかかった声に対してベストを尽くして次のステージへ。ひたすらこの繰り返しです。

そして開業して7年が経つ頃には、TEDxに登壇し、有名大学で講師をやり、有名人の方々と会えたり、大きなプロジェクトに関わったり。

鍼灸師や治療家というとても狭い括りで見れば特別な経験を沢山させてもらいましたが、肝心のアメリカには一度も呼ばれていません。

正直な話、20歳を越えた頃からもりちゃんはもう天国にいて会えないんだろうなと、ほぼ諦めていました。

 

ところが2015年、

 

会えた。

もりちゃん家族がアメリカから日本に戻ってくることになり、向こうからFacebookで僕を見つけて連絡してきてくれたんです。

天国じゃなかった。東京にいた。

向こうで受けていた治療が良かったようで、もりちゃんは体は自由に動かないものの、とても元気でした。

しかも僕がTEDxに登壇したり色々と活動しているのを全部見てくれていたそうで。(じゃあもっと早く連絡してよ。笑)

15年ぶりの再会を果たし、もりちゃんのお陰でここまで頑張れたと伝えることができました。会うまでは昔みたいに喋れるか不安でしたが、会ってみればあっという間に昔に戻り話も弾む弾む。もう感動ですよ、感動。

 

ただ、もりちゃんと会って話したら

僕の中で何かが終わってしまったんですね。

 

この時僕は28歳ですが、この日を境に治療を続けるエネルギーの供給源みたいなものがなくなりました。日々の治療で手を抜くわけではないのですが、治療をする根底にあるものがすっぽり抜け落ちた感覚です。

それほど彼の存在は自分の中で大きかったんだなと実感。

なので2015年以降は、近々エネルギーが尽きる未来が見えている中で治療を続けていました。(今の人間社会みたい)

そして去年の春、突如人に触れなくなると言う状態になりました。

嘘みたいに人間に指一本触れられなくなり、握手すらできなくなっちゃいました。

治療家が人に触れないとはエライコッチャ。

その時点で引退を考えたのですが、人の助けにより復活し再び治療ができるようになったわけです。

復活して治療ができるようになったものの、根底にあったものは戻ってきませんでした。

そんな経緯があり、これはもう長く続かないなと。

無理をすればまだ5年は続けられそうな感じはありますが、自分自身が万全の状態でないと良い治療はできないため、無理なく続けられそうな2020年5月16日で区切りをつけることにしました。

そう聞くと「もう治療受けられないの?」「この先どうするの?」などの疑問が沸いてきますが、その辺りについては次の記事でお答えしますm(_ _)m

 

続きはこちら

 

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